大判例

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大阪高等裁判所 平成2年(う)967号 判決

本籍

福岡県直方市大字下境一六二七番地

住居

福岡市城南区鳥飼五丁目一九番一〇号 高田ビル一〇一号

公認会計士

松岡正一

大正一四年三月一五日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成二年九月一九日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人滝口克忠作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の量刑(懲役二年六月及び罰金二〇〇〇万円)は重過ぎるので、懲役刑については執行猶予を、罰金刑については減額をされたい、というのである。

調査すると、本件は、公認会計士である被告人が東京パブコ株式会社、株式会社エル・アイ・シー及びオスカー物産株式会社の法人税のほ脱を各会社代表者らと共謀し、それぞれの業務に関して、架空の仕損品廃棄損、架空の材料仕入高あるいは架空の販売手数料を計上するなどするとともに、金融機関から借入れを行なつて、仕入代金や販売手数料の支払いに充てたように仮装するなどの不正手段を用いて所得を圧縮し、三社の各一事業年度で合計一四億五三〇〇万円余りの法人税を免れさせたという大型脱税の事案である。こうした事犯の規模及び態様の重大性と計画性はもちろんのこと、被告人の公認会計士としての職費をあわせ考えると、犯情は芳しくない。しかも、被告人は当初から危険な行為に出るからには利を図らなければ割に合わないとの思惑から、過去の事業年度の脱税事件で起訴されていある会社代表者らの脱税することに対する心理的弱みを巧妙につかんだうえ、同人らを相手に再度の脱税の指導を行う一方、国税当局の税務調査を回避する工作資金等の名目で多額の金員を提供させ、自己の負う債務の返済に充当するなどしていたことが認められる。所論は、原判決がこの点を相当重視して刑を決めているとしてその量刑を非難するが、被告人が犯行に伴つて多額の不正な利益を得ていた事実は犯行の動機とあわせてやはり量刑上見逃すことができない。また、所論が指摘する、所得の圧縮分を次年度以降の納税にあたつて順次戻していくといつた脱税方法や、中谷善秋に対して支出した費用の税法上の処理に関する税務当局との交渉経過などの事情をもつてしても、本件の情状がそれほど軽くなるわけではない。そうしてみると、被告人の刑事責任を軽視することはできず、所論が他に主張する被告人の現在の生活状況や健康状態、反省の程度などの事実を十分に斟酌しても、本件を所論の求めるような寛刑に処すべき理由は見出し難い。このことは当審における事実取調の結果によつて左右されず、原判決の量刑が重過ぎると認めることはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本健 裁判官 阿部功 裁判官 鈴木正義)

○ 控訴趣意書

法人税法違反 松岡正一

右被告人に対する頭書被告事件につき平成二年九月一九日大阪地方裁判所第一二刑事部が言い渡した判決に対し、弁護人から申し立てた控訴の理由は左記のとおりです。

平成二年一二月一七日

右被告人弁護人弁護士 滝口克忠

大阪高等裁判所第四刑事部 御中

原判決は検察官の懲役四年及び罰金一億円の求刑に対し、被告人を懲役二年六月及び罰金二千万円に処す旨の言渡しをしましたが、右刑の量刑中、懲役刑については実刑である点、罰金刑についてはなお高額である点、本件諸情状に鑑み著しく重きに失し不当であるから原判決は到底破棄を免れないものと思料します。

即ち、原判決は量刑の理由として、「東京パブコ、エルアイシー及びオスカー物産に関する逋脱額が合計一四億五三〇〇万円余りと高額であり、逋脱率も東京パブコにつき約八五パーセント、エルアイシーにつき約七三パーセント、オスカー物産につき約九五パーセントと相当高率である上、犯行の態様も、東京パブコ関係では約一一億二一〇〇万円の仕損品廃棄損失を、エルアイシー関係では約六億八五〇〇万円の材料仕入高を、オスカー物産関係では約二億六九〇〇万円の販売手数料をそれぞれ架空計上したほか、これを糊塗するため、金融機関から借入を行なって、仕入代金や販売手数料を支払ったように仮装するなどしたものであって、大規模にして悪質な逋脱事犯といわざるを得ない。被告人は、公認会計士業務の傍ら経営していた会社の倒産により多額の負債を抱え、その返済に窮した挙句、古田収二ら前記三社の各代表者の究極的な思惑が法人税の負担を回避しつつ事業を継続することにあり、そのためには脱税の手段によるほかないことを十分に認識しながら、同人らの要請を受諾した上、専門知識を積極的に駆使して前記三社の脱税を指導したものであって、その行為は法律に準拠した公正な財務を指導すべき公認会計士としての職業論理に背き、その職責に対する自覚を著しく欠くものといわなければならない。

また、被告人は、多額の報酬を得るだけでなく、脱税の指導を継続していた過程において、税務調査を回避するための国税当局に対する工作資金等の名目のもとに、前記古田らから高額の資金を引出し、自己の利益をはかっていたものであって、この点も量刑上軽視しえないものである。」と判断した反面、被告人に有利な情状として「被告人が、本件につき反省改悛の情を示し、本件発覚後は国税当局及び検察官に事実を素直に供述し、その結果、前記三社の脱税の全容が明らかとなったこと、被告人は昭和二八年ころほとんど独学で国家試験に合格して公認会計士となり、その後右業務を発展させて相当の社会的地位を築き上げながら、前記のとおり事業の失敗から本件に加担するに至ったものであって、その経緯には同情の余地がないではなく、今後公認会計士として稼働する途も絶たれたこと、被告人には昭和二〇年代に一度窃盗罪で執行猶予に処せられた前科はあるものの、ほかに前科前歴はないこと、被告人が本件後自宅を含む財産の大半を失ったほか、自らは相当重度の脳軟化症等に罹患し、その妻も膝関節症により病床にあること」など被告人のために酌むべき諸事情があることは弁護人主張の被告人に有利な諸情状をある程度認定されていますが、被告人にはなお次のとおり考慮すべき情状があるのに、原審は実質的にこれを評価していません。

一 即ち、被告人は共同被告人古田(以下古田と略称)から東京パブコ等の経理及び税務申告事務等を依頼され、これを引き受けることになりました。

ところが右東京パブコ等においては前の脱税事件のため、本件申告にあたり正規の納税金の資金繰りがつかず、右古田らが三年間右東京パブコ等を存続できるようにして欲しい旨被告人に指示したことから、被告人としても一時的に脱税する以外に手段がなく、所得の圧縮方の方法があり圧縮分については後の申告に際し、順次戻していけば良いという方法があることを示唆したところ、右古田らもこの方法による脱税を被告人に指示したため本件に及んだ次第です。

つまりよくあるように、脱税しっぱなしではなく、後に脱税分は納税するという考えは犯情としては他の同種事案が脱税のしっぱなしであるのに比し、特に斟酌されるべきであります。

そして事実、次年度等の納税にあたっては、これを現に実行しているのです。

このことは次年度等において、過多申告になりますので、正規税額分より多額の納税をしたことを意味します。

つまり全体的に見れば、原審が指摘する程実質的な逋脱額、逋脱率は高額、高率でなかったのです。

しかるに原判決はこれらを被告人に有利な情状として考慮されておりません。

二 次に中谷善秋に支出している金六億七〇〇〇円余りの金員については経費あるいは損金と処理するのは法的に問題ではありますが、事実上支出しており、東京パブコにおいては経理処理上は物品税としての支払いとして扱っています。

被告人としては税務当局が好意的、便宜的取り計らいをし(このようなことはままあることです)、経費として認めてくれるのではないかと考え、右のことを税務当局とヒアリングをし、いわばお伺いをたてていたわけです。

しかし、当局において本件申告前、被告人の申出を全くだめであるとまでは言わず、申告後、否認しました。

そこで被告人らもすぐこれに応じ、修正申告をし、その分も納税したのですが、税務当局も右経緯があったため過少申告税までは徴収しなかったわけです。

法的に右六億七〇〇〇円余りが経費であるとまでは主張しませんが、右のことは犯情としては強く斟酌されるべきであります。

この点についても原審は被告人に有利な情状として考慮されておりません。

三 次に原審は被告人が起訴こそされていませんが、右古田や片岡らから国税局工作などと称して多額の金員を受取り、これらの殆どを自己の用途に費消するような所為にも及んでいる点も量刑上軽視しえないものであるとされています。

ということは、量刑上相当重視されているということになります。

しかしこの点について被告人のみを責めるのも酷であります。

右古田らも右不正な工作を是とし、いわば不法原因給付的に多額の金員を支出したわけです。

いわばどっちもどっちということであり、さほど右古田らの被害を考えその保護をする必要もなく、だからこそ検察官も起訴されなかったと思われます。

そして、言うまでもありませんが、最高裁の判例にもありますように、起訴されていない余罪についてはこれを独自に処罰の対象とすべきでなく、あくまで一情状としてのみ評価すべきであります。

しかし原審はこの点を相当重視されており、単に一情状としてのみ評価すべきを超えた量刑をされております。

四 被告人の反省の情顕著で再犯に及ぶおそれは全くなく、本件罰金も納入出来ない状態にあります。

被告人はその生真面目な性格からして、逮捕当初から公判段階を通じ、一貫して犯行を認めております。

被告人の自責の念が強く、被告人に脳梗塞が起こったのもこれが相当影響しているのではないかと思料します。

被告人は現在でも福岡大学病院に週三回通院しております。血圧も時には一七〇台になる等なお心配な状態が続いています。

その上被告人は現在、原審でも認定していただいたように、本件後自宅を含む財産の大半を失った上、相当重度の脳梗塞等に罹患したため、収入を得ることが出来ない健康状態になっております。

そのため長男や養女らの援助によって細々と生活をしております。

原審において罰金刑の求刑に対し、相当減額された罰金刑を言い渡された点感謝している次第でありますが、残念ながら被告人にはこれを納付する資力がなく、また援助者もいません。

即ち、一〇〇日間の労役場留置を受けざるを得ません。

このことは事実上懲役三か月余りが加算されることを意味します。

加うるに、被告人は今後脳梗塞が再発すれば死に至るという健康状態にあり、今はいわば生ける屍同様の状態であります。

五 以上の諸情状があるところ、原審の懲役二年六月の実刑判決は罰金刑についてこれが零となることも期待しがたく、事実上労役場留置による服役をせざるを得ないことを考慮していただく時、是非執行猶予を付されるよう切望します。

なお、前の東京パブコの脱税事件の逋脱額合計は一五億一〇〇〇万円で、本件より多額の事件に関与した税理士は求刑懲役二年のところ懲役一年六月執行猶予四年に処せられていることも考慮していただきたいことです。

また、罰金二〇〇〇万円についても許される限り減額されんことを要望します。

以上述べたとおり被告人に対し、実刑判決及び罰金二〇〇〇万円も言い渡した原判決の量刑は著しく重きに失し、不当であるので破棄を免れないものと信じます。

よって、さらに適正な裁判を求めるため、本件控訴に及んだ次第です。

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